認知症と介護をテーマに7年がかりで作品を完成させた
映画監督の私の「自分らしい瞬間」

認知症と介護をテーマに7年がかりで作品を完成させた<br>映画監督の私の「自分らしい瞬間」

映画監督・ヒューマンライフケア鶴の湯 送迎ドライバー

北沢幸雄さん

東京工芸大学在学中からアルバイトで映画の助監督を始め、若松孝二監督、小林悟監督らに師事。1978年「さすらいの性」で監督デビュー。以来、劇場映画。Vシネマ、企業PRビデオ等、多数の作品の脚本・執筆を手掛ける。2023年、最新作「こわれることいきること」公開。同作は宮古島チャリティー国際映画祭で最優秀作品賞と最優秀俳優賞を受賞した。

スイッチON/OFFを通して「自分らしい瞬間」とは

頭の中でイメージを練り上げ、「生きた台本」を創り上げた瞬間

私は大学時代から映画の世界に入り、これまでに160~170本の映画や映像作品を制作してきました。私にとって一番「自分らしい瞬間」は、台本を書いているとき。映画のよしあしは、台本で8割方決まります。台本づくりは行き詰まることも多く、苦しくもありますが、没頭でき、楽しく面白くもあります。自分の中でイメージが完成し、台本上で人物たちが生き生きとしてくるのが楽しい。うまくない俳優がいい台詞で輝くこともあり、また逆に俳優の演技に助けられることもある、これも台本の醍醐味です。100%満足できることはなく、完成後に次はもっとうまくいくんじゃないか、もっといい台本が書けるんじゃないか、という思いが残るので、次へ次へと映画の仕事を続けています。

最新作の「こわれることいきること」(制作・配給 株式会社アイ・エム・ティ)は、東日本大震災で家族を失った女性が、職場の介護施設での出会いを通して成長していく姿を描いた作品。介護従事者を主役にした映画を撮りたいと、7年ほど前から企画を温めていました。事前に介護施設を取材しましたが、表面的な話しか聞けない。生きた台本を書くには、自分自身が介護の世界に飛び込んで、リアルに経験する必要があると思い、6年前から、ヒューマンライフケア鶴の湯で送迎ドライバーの仕事を始めました。実際に現場で働いたことで、台本のバックボーンができていき、登場人物の人物像や台詞にリアリティーが出てきました。この作品は、自分が介護現場で働かなければできなかった映画だと思います。

ヒューマンライフケア鶴の湯でデイサービスの送迎ドライバーを続ける北沢さん

スイッチONの自分

家族の写真を見ると、気合が入るとともに、温かな気持ちになる

私の妻は34歳で亡くなりました。当時、私は42歳で、長女が小学1年生、次女が3歳。妻を亡くしてからは子どもたちの世話を1人でしてきたので、私の人生では育児が大きなウエイトを締めてきました。仕事に出かける前などに、決まってやるのが、家族の写真を見ること。家族の写真を見ると、「よし、頑張るぞ!」と気合が入るとともに、ホッとしたような安心感や温かな気持ちに包まれます。

特別にお持ちいただいたご家族の写真

スイッチOFFの自分

休日には、お気に入りのコースをロードバイクで走る

友人から誘われたのがきっかけで、10年ほど前からロードバイクに乗っています。休日に1人、ロードバイクで荒川のサイクリングロードを走るときが、私にとってスイッチOFFの瞬間。おにぎりを持って午前中に出かけ、心地よい風と流れる景色を見ながら無心でペダルをこぎ、昼食を食べて一休みして帰ってくる、という気軽なポタリング(目的地を特に定めず自転車で散歩するようにゆったり走ること)ですが、気分転換と運動を兼ねて続けています。家に帰ると、いい感じで疲れていて、この疲労感も心地いいんです。

これからの「なりたい自分」

映画監督と介護ドライバーのWワークを続けたい

「こわれることいきること」のクランクアップで、初めて泣いてしまいました。自分にとって思い入れの強い作品であり、途中コロナ禍で制作がストップしましたが、諦めずに完成させることができて、とても感慨深かったのです。いま私は70歳ですが、これを最後の作品にするつもりはありません。企画を温めている作品が2本あり、1つは非正規雇用や賃金格差などの労働問題がテーマの作品。もう1つは、ダウン症の子どもと母親が主役の映画。体力の続く限り、できればあと1~2本映画を撮りたいです。

送迎ドライバーの仕事も、できる限り続けていくつもりです。理由は、介護の現場は人手不足で、台本ができたから辞めるというのは忍びないと思ったのと、介護スタッフや利用者の方々から頼りにされるのが嬉しかったから。映画の仕事とは違う頭を使うことが、気分転換やスイッチの切り替えにもなっています。まだまだ現役で、映画監督と送迎ドライバーのWワークを続けていきたいですね。

北沢さんが出演した『SWITCH-自分らしくあるために-』はBS-TBS公式YouTubeチャンネルにてご覧いただけます。

https://youtu.be/kpENAnmYT_E

※2023年7月に取材した内容に基づき、記事を作成しています。肩書き・役職等は取材時のものとなります。