VRを取り入れたヒューマンライフケアの研修は、<br>介護の現場をどう変えるのか?
介護事業

VRを取り入れたヒューマンライフケアの研修は、
介護の現場をどう変えるのか?

リアルな3D映像と音声を通じて、その場にいるかのような体験ができるVR。ヒューマンライフケア株式会社は2017年10月から、VRを活用した業界初の独自介護スタッフ研修をスタートしました。介護研修用VRコンテンツの企画を手がけた柏瀬美奈子が、VRに注目した理由と人材教育にかける想いをお伝えします。

柏瀬 美奈子(かしわせ・みなこ)
ヒューマンライフケア 人事部 育成担当責任者

東京都生まれ。介護福祉士。

施設介護、通所介護、訪問介護などの職を経て、人材育成、資格講座の講師を担当。

2013年にヒューマンライフケア株式会社に入社。研修企画、業務開発などに従事している。
趣味はソープカービング。

もっとリアルに、ご利用者の気持ちや目線になれる研修ツールを求めていた

介護研修用VRコンテンツを企画・制作したヒューマンライフケア株式会社の柏瀬美奈子

介護福祉士の資格を持つ柏瀬は、特別養護老人ホームなどの介護現場で約10年間働いた後、介護講座の講師や、介護スタッフ向け研修プログラムの企画・教材作成など「介護のプロ」を育てる仕事に従事。2013年1月にヒューマンライフケアに入社後は、独自の社内資格である「ケアテクニカルマイスター制度」の立ち上げに携わり、各拠点で介護スタッフの教育研修を推進する「チーフトレーナー」を育成するなど、社内向け教育研修を担ってきました。しかし、介護の教育研修を行なう中で、柏瀬はもどかしい思いを抱えていました。

柏瀬 「介護技術は、言葉だけではなかなか伝え切れない部分もあります。介護は対人援助ですから、自分が提供する介護の技術を磨くこと以前に、まず相手、つまり、ご利用者の気持ちを知ることが大事。
言葉で教わり、目で見て形を覚えるだけでは、本当の意味での介護スキルの上達にはつながらないのです。
研修では、自分の身体にプロテクターやおもりを装着して、老化による高齢者の身体の不自由さを体感できる『高齢者疑似体験セット』を用いるなどの工夫をしてきましたが、『もっとリアルに、ご利用者の気持ちや目線になれる研修ツールはないだろうか?』と、以前から思っていました」

2017年の初夏、柏瀬は、認知症の症状を疑似体験できるVRプログラムを視聴する機会を得ます。

柏瀬 「ゲームなどでVRのことは知っていましたが、そのプログラムは、現実には存在しないものが見える幻視の症状が現れるレビー小体型認知症の人たちが見ている世界を再現したもの。
『突然こんなものが見えたら、認知症の高齢者が急に興奮したり不安になったりするのも当然だな』と感じると同時に、『VRを使えば、介護を受けるご利用者の視点を体験できる研修ツールをつくれる!』とひらめいたんです」

打ち合わせをした当日に、VRコンテンツのシナリオを書き上げた

打ち合わせをした日に書きあげた絵コンテ

「VRを使って新しい介護研修ツールをつくる」という柏瀬のアイデアは社内で即座にGOサインが出て、制作に向けて動き出します。

2017年7月に制作会社と打ち合わせを行ない、8月に撮影。打ち合わせをした当日のうちに、柏瀬は2本のコンテンツのシナリオ原稿と絵コンテ(シナリオに基づいて登場人物の動きやカメラの位置などを、カットごとに絵で示したもの)を書き上げました。

柏瀬 「昔から頭の中でパッと映像化するのが得意ですし、のっちゃうと早い性格なんです(笑)打ち合わせの段階で頭の中にイメージができたので、あとはシナリオに落とし込むだけ。映像教材は以前からつくってきたので慣れていますが、VRは初めてなので、どんな映像になるのか、すごく楽しみでした」

2本のVRコンテンツは、「スピーチ・ロック(言葉による拘束)」と「危険予知訓練」をテーマにしました。これらをテーマに選んだ理由を、柏瀬はこう説明します。

柏瀬 「介護現場では、ご利用者が急に立ち上がられたときなどに『ちょっと待って!』といった声がけをしがちです。こうした言葉は、スタッフは何気なく使っていますが、ご利用者の行動を言葉によって止めることになり、気持ちを傷つけたり不快な思いをさせてしまったりすることもあります。VRコンテンツでは、その同じ場面を介護スタッフとご利用者それぞれの視点で体験することで、スピーチ・ロックをかけられた人がどんな気持ちになるのか、スタッフが気づくきっかけにしたいと思いました」

2本目の「危険予知訓練」は、リアルな3D映像を360度見渡すことができるVRの特性を生かして、介護現場のフロアを見渡しながら、危険が発生しそうな箇所を探すという内容です。

柏瀬 「従来は紙ベースの教材を用いてきましたが、写真やイラストでは『間違い探しゲーム』的な感覚になってしまい、危機感が薄いんです。VRでリアルに体験することによって、自分たちが働いている現場で事故につながりかねない箇所はないか、現場に潜む危険を察知する力を高めてもらいたいと考えたんです」

VRによるリアルな体験で、介護現場の改善点が次々と見つかった

ヒューマンライフケアの拠点研修ではVRコンテンツが活用されている

介護研修用VRコンテンツは2017年9月に完成試写を行ない、10月から、全国に約190あるヒューマンライフケアの各事業所で行なわれる拠点研修で順次使用されています。自社で働く介護スタッフだけでなく、就職内定者に体験してもらったり、営業ツールとして地域住民に体験してもらったりしているため、20台あるVR機器は常にフル稼働状態。介護スタッフの感想で多いのは「ご利用者の視点から自分の普段の言動や介護現場を見直すきっかけになった」という声。介護の現場を知らない人からも「実際の介護の雰囲気がわかった」など、予想以上の反響が寄せられています。

実際の雰囲気がわかるからこそ、こんなメリットも。

柏瀬 「 VR研修では『スピーチ・ロック』のコンテンツを視聴した後にグループ討議を行ない、『危険予知訓練』を視聴した後に参加者全員で拠点内を巡回して、自分たちの現場に危険が潜んでいないか、点検してもらいます。すると、狭くて通りにくい箇所やモノが出しっぱなしで危ない場所など、改善すべき点がたくさん出てきたんです。オープン前のグループホームなど、何も不備がなさそうな拠点でも、改善点が見つかりました。紙の教材で教えてグループワークを行なう従来の研修方法と、VRを体験してから現場をチェックするのとでは、視点がまったく違う。ご利用者の視点から現場を見直すことができるんです。『VRを使うとこんなにも研修効果が上がるのか!』と驚きました」

柏瀬の頭の中には、新たなVR研修のアイデアが生まれているようです。「もっとご利用者の視点に近づけるようなコンテンツを企画しています。動画ではなくVRだからこそ効果が出るものを模索していきたいですね」と語る柏瀬。今後の展開に心を弾ませます。

すべては「ご利用者の満足」のために

研修・教育を通じて、介護サービスの品質向上を目指し続ける柏瀬。
ケアテクニカルマイスター取得者の証明である3種類のリングが輝く

介護研修や人材教育・育成に携わってきた柏瀬ですが、彼女は「万人に当てはまる”いい介護”は存在しない」と語ります。なぜなら、ささいな声かけや介助動作ひとつをとっても、どう接して欲しいかは、人それぞれ違うからです。

柏瀬 「ご利用者が『ヒューマンライフケアのサービスを受けてよかった』『このスタッフに出会えてよかった』と感じていただけるような介護が、その人にとっての『いい介護』なんだと思います。介護研修や人材教育・育成の根底にある私の思いは『ご利用者の満足』です。『介護技術を磨くために技術を教える』だけでは終わりたくない。スタッフのみなさんには、目の前のご利用者がどうお感じになるかを見極めて、その場その場でご利用者に満足いただける介護を行なう、『学んだことを軸に展開する力』を身につけてほしい。そのためのツールのひとつとして、VR研修は有効だと感じています」

柏瀬は入社以来、「ケアテクニカルマイスター制度」のしくみづくりと運用にも力を入れてきました。これは、ヒューマンライフケアの介護サービスで働く全スタッフの介護技術レベルを認定する社内資格制度。基礎的な介護技術と知識を身につけた人に与えられる「シルバーマイスター」から、より高度な技術・知識とスタッフを育成するスキルを身につけた人に与えられる「ゴールドマイスター」「プラチナマイスター」の3段階があります。

柏瀬 「かつて私が介護現場で働いていたとき、自分の介護技術がどのレベルにあるのかわからない不安や 、自分のスキルを評価してもらえないくやしさがありました。そうした問題を解決するために創設したのが、ケアテクニカルマイスター制度です。ゴールドやプラチナの認定は厳しく、合格率は高くはありませんが、たとえ落ちても自分の技術レベルが客観的に把握でき、再チャレンジのモチベーションが上がる人が多いようです。この制度を利用して、自分自身のスキルと経験を磨きながらキャリアアップを目指してほしいと願っています」

介護研修や人材教育・育成を通じて、柏瀬は「ご利用者の満足につながる介護サービスの質的向上」だけでなく、現場で働く介護スタッフ一人ひとりが「介護のプロ」としての誇りと向上心を持ち、やりがいを感じながらステップアップしていける職場の実現をも目指しているのです。

※2018年7月に取材した内容に基づき、記事を作成しています。肩書き・役職等は取材時のものとなります。