認知症の方のために何ができるのか。<br>追い求めた先に見えてきた「これからの高齢者介護」
介護事業

認知症の方のために何ができるのか。
追い求めた先に見えてきた「これからの高齢者介護」

ヒューマンライフケア
事業戦略室 室長 松坂哲史

「ヒューマン体操」や「日本の伝統文化創作レク」など、独自の認知症予防プログラムで注目を集めるヒューマンライフケア。毎年9月21日の「世界アルツハイマーデー」に先がけ、同プログラムを推進した事業戦略室室長・松坂哲史に、認知症新時代への取り組みと介護サービスのあり方、そして仕事にかける想いを聞きました。

高齢者への想いを胸に、マンション営業から介護の道へ

マンション営業時代に触れた高齢者の住まいと介護。これが松坂の転機となる

大学で建築デザインを専攻した松坂は、卒業後、マンションデベロッパーの営業職に就きました。同級生の多くが建築物をつくる側の仕事を選ぶ中、珍しい進路選択だったといいます。

松坂 「学生時代にさまざまな研究室に顔を出していて、自分は人と接することが好きだと気づきました。住まいに関わる仕事で、いろいろな人と接することができる仕事をしたくて、マンション営業を志望したのです」

勤務先のデベロッパーが有料老人ホームの建設・販売を始めたことがきっかけで、松坂の関心は高齢者の住まいと介護にも広がっていきます。ホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)の資格を取得し、有料老人ホームの営業に携わるうち、高齢者の暮らしと介護により深く関わりたい──。
そういった思いが膨らみ、2006年にヒューマンライフケアへ転職しました。

ヒューマンライフケアに入社後の松坂の初仕事は、同社にとって初めての介護付有料老人ホームとなる「ヒューマンライフケア千葉院内の郷」の立ち上げでした。

松坂 「初仕事で、建物の設計から関わることができたんです。ご利用者と接する中で感じたのは、介護を押し付けるのではなく、その人目線を持たなくてはならないということ。 そこで心掛けたのは、「施設に入る」というよりは、「自宅が変わる」という視点です。
設計ではご入居者様に快適に暮らしていただけるようにと、壁紙の色柄や食堂からの眺めにもこだわったり、アイランドキッチンを設置してご入居者様とスタッフが自然に交流できるようにしたりと、住まいとしてのぬくもりも大切にしました。
幸い、いい施設長やスタッフに恵まれ、ヒューマンライフケア千葉院内の郷は開業後スムーズに軌道に乗りました。『介護は人が大事』と実感しましたね」

その後、松坂はデイサービスの営業職に転じるのですが、デイサービスを利用する高齢者と間近に接するうち、新たな意識が芽生えてきたといいます。

松坂 「デイサービスのご利用者の生活のベースはほとんどが自宅です。そのため、週2回程度デイサービスに通う方が多い。自宅で過ごす残りの週5日という時間をよりよくしていくために、デイサービスとして何ができるだろうか。ご利用者にとって一番いいサービスを提供するために、もっと自分たちにできることはないだろうか……。そんなことを考えるようになったのです」

教育・人材部門との交流が、デイサービスの新たな可能性を広げた

教育事業のヒューマンアカデミーとタッグを組んだオリジナルぬりえ集

2015年、デイサービスの可能性について想いを巡らせていた松坂に転機が訪れました。
松坂はこの年、グループ統括機能を有するヒューマンホールディングスに出向。配属された総合戦略室には、松坂のほか、教育部門と人材部門から各1名の社員が出向していました。

3名は1年間、グループ全体の事業内容について詳しく学ぶとともに、お互いに情報交換を行い、介護・教育・人材それぞれの分野で長期的な戦略を練ることになりました。

松坂 「グループ全体を見て思ったのは、『ヒューマンアカデミーの多彩な教育コンテンツを、介護にも活用できるのではないか?』ということ。デイサービスで提供するレクリエーションに、ヒューマンアカデミーの知恵を借りれば、オリジナルのプログラムや、ご利用者が新しい世界と出会う機会を提供できるような企画がつくれる、と思ったのです」

そのひらめきは、後にいろいろなかたちで結実します。
その好例が、2017年1月から全国の直営デイサービス拠点で実施している「日本の伝統文化」をテーマにしたオリジナルの創作レクです。このプログラムでは、正月は「飾り羽子板」、秋は「祭りの神輿」といった具合に季節に合ったテーマが毎月設定され、ご利用者は介護職員と一緒に創作物を制作します。

従来のレクリエーションは簡単な工作や手芸的なものが多く、「つくっても使い道がない」「子どもっぽい」といった不評もありました。そこで、このプログラムでは、ご利用者の満足度と達成感が高まるようなクオリティを重視し、本格志向の創作物をつくれるよう工夫を凝らしました。

さらに、創作物の企画・創作キットのデザインや、高齢者が無理なく取り組めて脳や手先の運動機能の活性化に役立つような作業工程の立案。そしてレクリエーションを指導する介護職員向けの指導教材の制作まで、ヒューマンアカデミーの「日本文化インストラクター養成講座」の講師と共同で開発。「つくっていて楽しい」「昔のことを思い出して会話が弾む」と、ご利用者からも好評を博しています。

また、グループ企業のネイルサロン・ダッシングディバの協力を得て、デイサービスでネイル体験も実施しています。

松坂 「ご利用者の笑顔を見て、『やってよかった』と思いました。みんなでワイワイ、ワクワクしながらネイルの色を選び、美しく仕上がった爪に心をときめかせる。ふだん笑顔を見せない方が、満面の笑顔になる。まさに『美の力が人を動かす』と実感した瞬間でした」

認知症予防にかける熱い想いから生まれた「ヒューマン体操」

認知症予防プログラムの開発にも着手。「認知症になりたくないという
高齢者の方の願いを叶えたい」

さらに、松坂たちは「認知症予防」をテーマにしたプログラムの開発にも着手しました。

松坂 「高齢者の方に共通する願いは、『いつまでも元気で、住み慣れた自宅で暮らしたい』ということ。介護が必要になる原因の第1位は認知症で、誰もが『認知症になりたくない』と思っています。認知症予防のためにデイサービスとして何ができるかを考えたとき、運動、頭を使うこと(脳トレ)、規則正しい生活を促すこと、の3つが浮かび上がってきました。そこで、運動と脳トレのオリジナルプログラムを開発することにしたのです」

認知症予防のオリジナル体操を開発するにあたり、松坂たちは、指導・監修をお願いする専門家探しに奔走しました。そこで白羽の矢が立ったのが、NHKテレビ・ラジオ体操の指導者を15年務めた西川佳克氏でした。

松坂 「偶然にも、テレビで西川先生が考案された『にしかわ体操』を見て、『これだ!』と思いました。しかし、じかに西川先生に連絡するつてはなく、先生のホームページの問合せフォームに、自分たちの想いのたけをつづりました。すると、すぐに西川先生ご本人から『お会いしましょう』と返事が届いたのです」

こうして完成したのが、「ヒューマン体操」です。
1回約4分間のプログラムの中に、全身の筋肉をほぐして血流を改善するストレッチと、足腰の筋力を維持・強化し、神経を刺激して脳を活性化するトレーニングの要素が組み込まれています。立って行う場合と座って行う場合、それぞれの動きが用意されていることも特徴です。

「ヒューマン体操」は、音楽もオリジナル。歌手の杏里やMAXへの楽曲提供、アニメ主題歌やサントラの作・編曲で知られる音楽プロデューサー、坂本裕介氏が音楽を手がけています。

松坂 「以前、ヒューマンアカデミーで講師を務められたこともある坂本先生に依頼したところ、快諾していただいたのです。音楽だけでも作品として聴けるような、クオリティの高い仕上がりになっていますね」

介護のイメージをプラスに―─究極の夢は、「介護がなくなること」

松坂は、最後まで自分らしい人生を送るためのサポートが介護だと語る

こうして生まれた「ヒューマン体操」は、2019年1月から全国の直営デイサービス拠点で実施され、オリジナルの認知症予防教材「認知症に負けない 大人の学習帳」とともに好評を博しています。ヒューマンライフケアでは2019年現在、大阪大学による認知症の測定に関する研究にも参画して取り組んでおり、今後ますます認知症予防プログラムの充実に力を入れていく予定です。

さまざまな取り組みを行う松坂ですが、究極の夢は「介護がなくなること」だといいます。

松坂 「介護で悩む人がいなくなる世の中にしたいですね。まずは今ある介護を、『高齢者が最後まで自分らしい人生を送るためのサポートを行う』というプラスのイメージに変えていきたい。
加齢とともに身体機能が衰えていくのは仕方のないことではありますが、介護の現場で介護予防ケアやリハビリを積極的に取り入れることで、体力や脳機能の衰えを防ぎ、元気で充実した生活を実現していくことは可能だと感じています」

高齢者の方の「身の回りのお世話を行うだけの介護」から、「生き生きとした自分らしい生活を応援するための介護」へ――。
こうしたケアの普及に取り組むことを通じて、松坂は介護の概念そのものを大きく転換しようとしています。

※2019年9月に取材した内容に基づき、記事を作成しています。肩書き・役職等は取材時のものとなります。